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2019年11月27日 (水)

祝詞入門 かなづかひ

 短歌・俳句の創作では頻繁に行われているのに、一般的には現代文の古文変換(擬古文にする作業)はほぼ不可能と思われているようです。和文英訳は出来るのに現代語を古語に置き換えられないのは、高校までの国語学習が生きていない証拠と言えましょう。
 文法学習が古文への苦手意識を促進しているといわれますが、必ずしもそうとも言えないかも知れません。たとえば歴史的仮名遣いを知らないこともネックになっていますね。
 祝詞の敬語は補助動詞が頻用されます。尊敬語は「たまふ」(~ナサル・オ~ニナル)謙譲語は「まつる」(~申ス・~致ス)丁寧語は「はべり」(デス・マス)。少し事例を上げてみましょう。
 〔擬古文〕この年を良き年の美し年と守り給ひ幸はへ給へ
 〔訳文〕今年をよい年、素晴らしい年になるように幸いをお授け下さい
 〈さきはふ〉は幸が延びることなので、久シク幸イガ続クヨウニでしょうし、〈たまふ〉は尊敬語なので~ナサル・オ~ニナル。そこで守リナサリ幸アラセナサイマセとなります。
 〔擬古文〕常磐に堅磐に斎ひ奉り幸はへ奉り給ひ
 〔訳文A〕永遠に栄えるように久しくお守りくださいませ。
 〔訳文B〕長く久しくご守護いただいて幸を授けて戴きたく思います。
 〈ときはにかきはに〉は永遠性や不変を言う慣用句です。〈いはふ〉は守ル、〈まつる〉は謙譲語。~申ス・~致ス。〈斎ひ奉り幸はへ奉り〉までは守リ申シ幸アラセ申シ。これに尊敬語〈たまふ〉が付いているので(御祭神が天皇の治世を)守リ申シ幸アラセ申シナサリとなるが、謙遜しているのは奏上者で、御祭神と天皇への敬意が働いている。
 〔擬古文〕今年六月(十二月)の晦日の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞き食へと宣る
 〔訳文〕今年六月(十二月)の晦日の大祓に祓い給い、清め給うことを諸々お聞き届けすることを宣言する。
 「食へ」は〈たまへ〉ですが、〈たまふ〉には二種類あります。活用(語形変化)が四段活用であるもの(尊敬語)と下二段活用(謙譲語)であるものとがあります。ここは後者でオ聞キ届ケスルの訳で正解ですが、命令形なのでオ聞キ届ケセヨ・オ聞キ届ケナサイマセが正しい。「宣る」は大祓詞の原文(宣命書き)に送り仮名がないので、〈のる〉とも〈のたまふ〉とも訓読されています。〈のたまふ〉は〈のりたまふ〉の詰まった形ですので、〈のる〉に対して敬意を含んだ訓となります。
 〔擬古文〕潮の八百会に坐す速開都比売
 〔訳文〕塩路がいくつも出遭う地点にいらっしゃる速開都比売
 「坐す」は〈ます〉で尊敬の動詞。先の〈たまふ〉が補助動詞として他の語に付くのに対し、単独の働きをします。イラッシャル・オイデニナルの意で用います。
 〔擬古文〕神職等大川道に持ち退り出でて祓へ却れと宣る
 〔訳文〕神職が大川に祓いの具を流し捨てさせます。
 「退り」は〈まかり〉で謙譲語。神職ラヨ大川ノアタリヘ祓ツモノヲ持ッテ退出シテ祓イ捨テナサイト命ジナサルと訳すべきところ。
 〔擬古文〕奏で奉る歌舞の技をも米具し宇牟賀しと見曾奈波して
〔訳文〕演じさせていただく歌舞も愛しい嬉しいという御心でお聞き届けいただきとうございます。
「めぐし」「うむがし」「みそなはし」とある。〈みそなはす〉は尊敬の動詞でゴ覧ニナル・オ聞キ届ケニナルの意。愛オシイ嬉シイトゴ覧ニナッテ(オ聞キ届ケニナッテ)でよさそう。
 

 

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